本州以西に冬鳥として渡来する。
府内の日本海側では河口や漁港で見られるが、数は少ない。
京都市周辺の淀川水系では、10月下旬から姿を見せはじめ、徐々に数を増す。
当支部が1990年2月4日に行った調査では7792羽を数えたが、給餌がなくなったこともあって近年急減してお り、渡去時期も早まっている。
渡去前には、頭の黒い夏羽個体も見られる。越冬期のねぐらは、琵琶湖や大阪湾である。
月 | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 |
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確率 | 0.3 | 0.3 | 0.2 | 0.1 | 0,0 | 0.1 | 0.4 | 0.4 |
都鳥
日本の古典文学に「都鳥」という鳥が登場しますが、チドリ目に属するミヤコドリではなく、ユリカモメであると推測されています。その根拠は、『伊勢物語』の中で主人公が都から東国へ下る際の次の記述。
「武蔵の国と下総の国の境に隅田川という大きな川がある。そこに、白くて嘴と脚が赤い、シギくらいの大きさの鳥が、水面で遊びながら魚を食べている」。 ミヤコドリも嘴と脚が赤いですが、英名Oystercatcherのとおりカキなどの貝類を食べるものの魚は食べません。この描写に最も適合するのはユリカモメであるというわけです。
その一方で、上の記述の後に「京都では見かけない鳥なので、渡し守に尋ねると都鳥だと言う」と続きます。当時の京都にはユリカモメはいなかったわけです。実際、現在鴨川の冬の風物詩になっているユリカモメは1970年代になってから集まり始めたもの。
しかし、なぜ東国の人々がユリカモメを「都鳥」と名づけたのかという疑問はまだ残ります。